東京地方裁判所 昭和48年(ワ)8531号 判決 1976年1月30日
原告
金沢和良
ほか一名
被告
株式会社川田商会
ほか一名
主文
被告らは各自原告金沢和良に対し金四二二万円及びこれに対する昭和四八年一一月三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告金沢和良のその余の請求及び原告株式会社協栄プロモーシヨンの請求を棄却する。
訴訟費用中原告株式会社協栄プロモーシヨンと被告ら間に生じたものは同会社の負担とし、原告金沢和良と被告ら間に生じたものはこれを三分しその二を原告金沢和良の負担としその余を被告らの負担とする。
この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告ら)
一 被告らは各自原告金沢に対し一二〇〇万円、原告会社に対し一〇〇〇万円及び右金員に対する訴状送達の日の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 仮執行宣言
(被告ら)
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二原告らの主張
(請求の原因)
一 事故の発生
原告金沢は次の交通事故により負傷した。
(一) 日時 昭和四八年三月二五日午前三時五分頃
(二) 場所 東京都渋谷区神宮前二丁目一二番三号路上
(三) 被告車 普通乗用自動車(品川五五ね四二二四)
運転者 被告佐藤
(四) 態様 被告車が横断中の原告に衝突した。
(五) 傷害の部位程度
骨盤骨折、頭部外傷(特に左前額部裂傷)、頸椎捻挫、右膝内側側靱帯損傷
(六) 治療経過
(1) 慶応大学付属病院 昭和四八年三月二五日入院
(2) 駿河台日本大学病院 昭和四八年三月二六日から同年五月四日まで四〇日間入院治療(右膝ギブス固定等の保存的療法)、以後断続的に約五ケ月にわたり外来通院し同年一〇月五日症状固定した。
(3) 青山外科病院 昭和五〇年三月二五日から同年四月四日まで一一日間入院治療、その後通院治療。原告金沢は正座時の左足の激痛、歩行困難を訴え、「左膝関節内障」の病名で右治療を受けた。
(七) 後遺症
右膝内側側靱帯弛緩による右膝関節遊動(ぐらつき)、左前額部の瘢痕
二 責任原因
(一) 被告会社は被告車の運行供用者であるから自賠法三条による損害賠償義務を負う者である。
(二) 被告佐藤は酒に酔い無灯火で制限速度に違反する猛スピードで前方不注意のまま進行した過失があるので、民法七〇九条による損害賠償義務を負う者である。
三 損害
(一) 原告らの地位
(1) 原告金沢はプロボクシングバンタム級東洋チヤンピオンの地位を得たのち、プロ・キツク・ボクシングに転向、本件事故当時我国におけるキツクボクシング界の一流花形選手としてその将来を嘱望されていた者である。
(2) 原告会社はボクシング興業等を目的として昭和四八年二月に設立された会社で、原告金沢との間でキツクボクシングの専属興業出演契約を締結している者である。
(二) 原告金沢の損害
(1) キツクボクシング適応の運動能力の喪失による逸失利益
原告金沢(昭和二一年一一月八日生)は人気絶頂のプロ・キツクボクサーとして最低純月収六〇万円を得ていた者であるが、本件事故による受傷のため本件事故後一年にわたつてすべての試合予定を取消せざるを得なくなつた。また受傷後二年目においては出場試合は半減程度でとどまるものと考えていたところ、長期化し、前記後遺症のためにキツクボクシング適応の運動能力を永久的に全部喪失するに至つた。したがつて原告金沢はキツクボクサーとして少なくとも三〇才(昭和五一年一一月)までの間に丸三年は稼働可能として二一六〇万円の得べかりし利益を喪失したものである。
(2) 慰藉料
前記傷害の部位程度、治療経過、後遺症、その他の事情によると慰藉料は三〇〇万円が相当である。
(三) 原告会社の損害
(1) 原告会社と原告金沢との専属興業出演契約の内容
原告会社は原告金沢について独占的マツチメーキングの権利を有し、原告金沢は原告会社の同意なくしては他の興業に出演しない義務を負う。原告金沢のフアイトマネー(出演料)は一試合ごとに両者間で契約するが、下限は、テレビ中継のある場合で一試合五〇万円、テレビ中継のない場合で一試合三〇万円とし、支払は出演契約時に五〇%、興業試合直前に残りの五〇%とする。原告会社は原告金沢の売出し宣伝費及び地方興業における食費宿泊費を負担する。契約期間は一応昭和四七年一二月一日から昭和四九年一〇月三一日までの二年間であるが双方の協議により更新され得る。
(2) 興業の形態と原告会社の損害
原告会社はメインイベンター、レフリー、前座選手を組合せて一まとめの試合(パツケージ)として平均約二五〇万円でローカル興業主に売渡し、この中からメインイベンター、前座選手への出演料、レフリーの報酬等、旅費、食費等の経費平均約一九〇万円を支払い、残額平均約六〇万円が原告会社の純収入となるものである。
原告会社は、原告金沢との間の前記専属興業出演契約に基づき、原告金沢を前記パツケージ興業のメインイベンターとして出演させてきたものであるが、本件交通事故による原告金沢の出演不能により、本件事故当時既にローカル興業主との間で興業契約調印済の試合五試合と株式会社エイプロモーシヨンを通じて試合予定を組み終つた未調印のものが四ケ月分(昭和四八年三月ないし六月)の一二試合、合計一七試合が原告金沢の出演不能のためすべて取消となり一試合当り六〇万円の一七試合分合計一〇二〇万円の得べかりし利益を喪失した。
原告金沢は内外に人気沸騰するキツクボクサーでありプロモーシヨンたる原告会社は原告金沢を一枚看板の眼玉商品として試合を組みローカル興業主に売つて利益を得ていた者である。眼玉商品としての原告金沢を欠いては代役もならずパツケージ興業としてのキツクボクシングは気の抜けたビールのようにたちまち商品価値を失うのである。一般的に興業プロモーシヨン会社が多数のタレントをかかえて営業している場合にタレントの一人が交通事故にあつたからといつて直ちに会社がその損害を加害者に請求できるとは限らない。タレントに代替性があれば他のタレントを代役にたてて興業契約を履行し得るからである。しかし本件の場合は右と全く様相を異にし、タレントに全く代替性がないのであるから、原告金沢の負傷は前記一七試合の取消、ひいては原告会社の損害との間に直接的相当因果関係を有するものであり原告会社は原告金沢の出演不能を理由として直接、加害者たる被告らに対し損害賠償を求め得る筋合である。
四 結び
よつて被告らに対し原告金沢は内金一二〇〇万円、原告会社は内金一〇〇〇万円及び各金員に対する訴状送達の日の翌日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(過失相殺の抗弁に対する答弁)
争う。
(弁済の抗弁に対する答弁)
認める。
第三被告会社の主張
(請求の原因事実に対する答弁)
一 請求の原因一の事実中冒頭の事実と(一)ないし(四)の事実は認め、(五)(六)(七)の事実は不知。
二 請求の原因二(一)の被告会社が被告車の運行供用者である事実は認める。同二(二)の事実は否認する。
三 請求の原因三の事実は不知。
原告金沢は昭和四七年五月に、原告会社と専属興業契約を締結しインターナシヨナルのボクシングからキツクボクシングに転向したもので、右契約によれば原告会社が原告金沢の興業を独占的に行う権利を持ち、原告金沢は原告会社主催の興業にのみ出場し、昭和四七年七月から一二月までのキツクボクシングによる収入は二八五万円(月平均四七万五〇〇〇円)を上回つていないので、原告金沢の収入に関する原告らの主張は過大であり、また損害の算定に当つては税金を控除すべきである。
原告会社の請求は、仮に損害があつたとしても、いわゆる間接被害者に該当するものであつて失当である。原告会社と原告金沢とが、原告会社即原告金沢というように経済的一体関係を有する場合は格別、専属的興業契約なるものを締結した契約関係にすぎず、右のような経済的一体関係を有するものとは到底いえないのであるから、原告会社の請求は間接被害者の請求として失当である。また原告会社の請求が、原告会社の原告金沢に対する右契約上の債権を侵害したとして、その損害の賠償を求めるものであれば、被告佐藤は右債権の侵害につき故意または重大な過失はないので、債権侵害による不法行為は成立しない。
原告金沢は昭和四七年にキツクボクシングに転向し原告会社に所属したが、原告会社の興業においては、同じくプロボクシングの世界チヤンピオンから転向した西城選手が中心となつていたのであり、原告金沢は、いわば、西城選手のキツクボクシングの前座のような存在にすぎなかつた。原告金沢は昭和四八年三月一日、全日本キツクボクシングコミツシヨンに正式加盟したが、その当日、原告会社が予定していた、西城対藤原の試合は、西城選手が事実上試合放棄をしたため行われず、原告金沢は島三男選手と対戦したがノツクアウト負けを喫している。この結果原告会社は主力の西城選手の試合放棄という致命的な事態によりその主催するキツクボクシング興業の価値を失つたばかりでなく、原告金沢自身もノツクアウト負けによりリング生命を断たれたも同然であつた。右の理由により予定していた興業が解約となつたものであり、原告金沢の本件事故による負傷と右解約とは何らの因果関係はない。またキツクボクシング興業は、格闘競技であることから選手の負傷は予想されることとして選手の変更は予定されているのであり、現に原告会社提出の予定興業の契約書にもその旨の記載がある。通常は代りの選手を使つて試合を実施するものであるから、この点からいつても、原告会社の請求は失当である。
(過失相殺の抗弁)
原告金沢は深夜飲酒のうえ通行車両に対し何らの注意もせず、近くの横断歩道を通らずに車道上を歩行していたものであるから少なくとも五割の過失相殺をすべきである。被告佐藤が無灯火で進行していたことは絶対にない。事故の直後停車した時にライトを消したのである。
第四被告佐藤の主張
(請求の原因事実に対する答弁)
一 請求の原因一の冒頭の事実と(一)ないし(四)の事実は認める。同一(五)(六)(七)の事実は不知。
二 請求の原因二の事実は否認する。
三 請求の原因三の事実は不知。
(弁済の抗弁)
被告佐藤は原告金沢に対し、(一)治療費に充当されたものとして(1)昭和四八年三月二六日五万円(2)同年四月二一日一〇万円(3)同年五月九日一〇万円(4)同年九月一八日一〇万円合計三五万円を支払い、(二)本件原告金沢の請求に充当すべきものとして、(1)昭和四九年二月二〇日二二万円を支払い(2)自賠責保険から二五万円が支払われているので、四七万円が本件請求に充当されるべきである。
第五証拠〔略〕
理由
一 事故の発生、責任原因、過失相殺
(一) 請求の原因一の冒頭の事実と(一)ないし(四)の事実及び請求の原因二(一)の被告会社が被告車の運行供用者である事実は当事者間に争いがない。
してみると被告会社は原告金沢に対し自賠法三条に基づき本件事故による原告金沢の損害を賠償すべき義務を負う者である。
(二) 右争いのない事実と成立に争いのない甲第五号証の一ないし一一、丙第一号証、原告金沢及び被告佐藤各本人尋問の結果を総合すると本件事故は、被告佐藤の酒気を帯び前方不注意のまま被告車を運転し前方約二一メートルに横断歩行中の原告金沢を発見し急制動の措置をとつたが及ばず被告車を原告金沢に衝突させた過失と信号のある横断歩道が約二七メートルの近地点にあるのにこれを利用せず車道上の交通の安全確認に不充分のまま車道上を横断した原告金沢の過失に起因するものと認められる。事故態様に関する原被告らのその余の主張事実についてはこれを認めるに足りる証拠がない。
してみると被告佐藤は原告金沢に対し民法七〇九条に基づき本件事故による原告金沢の損害を賠償すべき義務を負う者である。
(三) しかし被告らに支払を命ずべき賠償額の算定に当つては原告金沢の右過失を二割程度斟酌するのが相当である。
二 原告金沢の損害
(一) 傷害の部位程度、治療経過、後遺症
証人金沢百年の証言及び原告金沢本人尋問の結果により成立を認める甲第二号証、第一八号証及び右供述によると請求の原因一(五)(六)(七)の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 逸失利益
成立に争いのない乙第四号証の一、二、第五号証、第七号証、証人金沢百年の証言、原告金沢本人尋問の結果により成立を認める甲第一五号証の一、二、第一七ないし一九号証及び右供述を総合すると次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。原告金沢(昭和二一年一一月八日生、事故当時二六才四月)はプロボクシング東洋バンタム級チヤンピオンを得た後昭和四七年五月頃プロキツクボクシングに転向し、原告会社との間で、原告会社が原告金沢について独占的にマツチメーキングの権利を有し原告金沢は原告会社の同意なくして他の興業に出演しないことを主たる内容とする専属興業出演契約を締結し、右契約に基づき原告会社の主催するキツクボクシング興業に西城選手らと共に主としてメインイベンターとして出場し原告会社からフアイトマネー(出演料)収入を得、一四戦した後、昭和四八年三月一日全日本キツクボクシングコミツシヨンに正式登録し、同日東京後楽園において行われた島三男選手との対戦でノツクアウト敗けを喫し、その後同月二五日本件交通事故にあつて試合から遠ざかり、昭和四八年一一月頃僧侶としての修業を兼ねてタイ国へ渡り公開スパーリング等を経て昭和四九年二月タイ国でチエンノイソーシリバンと対戦し敗戦帰国し、同年九月八日千葉県館山市で我国における復帰第一戦をタイ国のソンデイと対戦し二回ノツクアウト勝ちを得、同年一〇月五日東京後楽園で宮川選手と対戦しテクニカルノツクアウト敗けを喫した後は試合に出場した形跡はない。そして原告金沢は昭和四八年三月提出の昭和四七年分の所得税の申告においてボクサー収入として二二〇万三〇〇〇円を申告し、原告会社の経理元帳によると昭和四七年七月一二日から同年一二月一六日までの間に原告会社から原告金沢に対しフアイトマネーとして二八五万円が支払われている。原告金沢は昭和五〇年一一月頃の現在で喜山ジムのマネージヤーをしており、将来ボクシング関係を廃業した後は実家の寺院で僧侶となる希望をもつている。
右認定の原告金沢の経歴、本件事故前のキツクボクサーとしての実績、本件事故後の実績等に前判示傷害の部位程度治療経過等を総合すると原告金沢は月収平均四七万五〇〇〇円として昭和四八年三月二五日から一〇ケ月間キツクボクサーとしての労働能力を一〇〇%喪失し四七五万円の得べかりし収入を喪失したものと認めるのが相当である。
(三) 慰藉料
前判示原告金沢の傷害の部位程度、治療経過、後遺症その他本件口頭弁論に顕われた諸般の事情に照らすと本件における原告金沢の慰藉料は一二〇万円が相当である。
(四) 右(一)(二)の原告金沢の損害は合計五九五万円となるが、原告金沢は治療費として三五万円を要した(被告佐藤において既払)ことは当事者間に争いがないので本件事故による原告金沢の総損害は六三〇万円となり、前判示原告金沢の過失を二割相殺すると五〇四万円となる。そして原告が右のうち被告佐藤の弁済の抗弁欄記載のとおり合計八二万円の損害の填補を受けた事実は当事者間に争いがないのでこれを控除すると原告金沢の未填補の損害は四二二万円となる。
三 原告会社の請求
原告会社は、原告金沢の負傷により、原告会社がローカル興業主との間で締結していたキツクボクシング興業を実施することができなくなり契約解消となり損害を受けたと主張し、右損害は本件事故と因果関係を有する旨主張するので判断する。前判示事実に、証人金沢百年の証言、原告金沢、原告代表者金平正紀各本人尋問の結果により成立を認める甲第七ないし第一四号証、及び右供述を総合すると、原告会社はプロボクシング、プロキツクボクシングの興業、選手育成等のプロボクシング、プロキツクボクシグの興業に関するすべての業務を内容とする株式会社であるが、昭和四七年五月頃キツクボクサーである原告金沢との間で前判示内容の専属興業出演契約を締結し、メインイベンターである西城選手や、前座選手、レフリーらを一体として一興業毎にローカル興業主に約二五〇万円位で興業を売却し、これら出場選手レフリーらに出演料を支払い諸経費を支払つて残額を収益として利益を得ていたこと、原告金沢も原告会社との専属興業出演契約により主としてメインイベシターとして右興業に参加していたところ本件事故により昭和四八年三月二五日から一〇カ月間キツクボクサーとしての労働能力の一〇〇%を喪失したことが認められ、これにより原告会社が何らかの損害を受けたであろうことは容易に推認できる。しかしながら交通事故による損害賠償請求権の主体となり得るのは交通事故により直接の被害を受けたものかまたはこれと経済的に一体の関係にある者に限ると考えるのが相当であり、右認定事実によると原告会社と原告金沢とは右契約上の当事者たる関係にとどまりいまだ経済的に一体の関係にある者とは判断できないので原告会社の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
四 結論
以上説示のとおりであるから被告らに対する本訴請求は原告金沢が四二二万円及びこれに対する本件事故の後で訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四八年一一月三日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、原告金沢のその余の請求及び原告会社の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮良允通)